『百舌の速贄』解説其ノ弐

OOPARTSの4th album『百舌の速贄』張本人による全曲解説

DISC 2

1.『逢う魔が時』
≪ベースで作曲≫ほぼ全編に渡ってコード弾きのベースが鳴り響いている曲。ギターは大部分がベースとのユニゾンとなっており、いわばベースが主役でギターはサウンドに厚みを持たせるための脇役である、と言えなくもない。タイトルの“逢う魔が時(オウマガトキ)”とは夕暮れ時、黄昏時のことを指す。“大禍時”とも書き表されることからもわかるように、大きな災いが起こる禍々しく不吉な時刻とされている。この曲は、そんな夕暮れ時の薄暗い中で喪失感、不安、ノスタルジー、その他諸々の感情を抱えて呆然と立ち尽くしている気分を表現している。

2.『みんな消えた』
≪ギターで作曲≫ギターのイメージとしては“ソロが弾けないジミヘン”である。タイトルは「自分以外はみんな消えちゃって、自分しかいなくなった。」という意味。それ以上でもそれ以下でもない。

3.『鬼の霍乱』
≪ギターで作曲≫雰囲気が後期NUMBER GIRLそのものだと言われても仕方が無いくらいの和風な曲になったが、別にそれを意識して作ったわけでもないし、失敗作だとも思っていない。結構自分では気に入っている。楽器それぞれがそれぞれの役割を全うしているという印象を持ったからだ。タイトルの“鬼の霍乱(オニノカクラン)”とは「いつも健康な人が珍しく病気にかかることのたとえ」である。“霍乱”とは日射病のことである。

4.『バビルサ』
≪ギターで作曲≫アルバムの中では最もシンプルな曲の一つだ。前半部分のメイン・リフは気に入っている。ドラムは比較的曲にマッチした叩き方ができたと思う。ただ、後半部分はソロも何も無く、ひたすら同じフレーズを繰り返すばかりで若干寂しい気もする。タイトルの“バビルサ”とは動物の名前である。湾曲した牙が反り返り、伸びすぎて自らの頭に突き刺さり死んでしまうこともあるという非常に悲しい動物だ。この動物の存在は俺の尊敬する前野(古谷実の漫画『行け!稲中卓球部』の主人公)の語る話で初めて知ったのだった。「牙が伸びすぎて自分に突き刺さり死ぬ」というバビルサから「生命の進化の果てに訪れる絶滅」や「進歩し続ける人間の文明を待ち受ける破滅」というイメージを連想した、そういう曲。

5.『stomach hatred』
≪ベースで作曲≫あらかじめ決めていたのは冒頭からひたすら繰り返されるベースの気色悪いフレーズのみで、そこから抜け出した後は全て思いつきである。出来上がった曲を聴いて、「Captain BeefheartSHELLACと少しだけfOULあぶらだこが混ざったみたいな曲だ。」と思った。事実、ベースは前半はfOUL、後半はSHELLACを意識し、ギター2本のカラミはCaptain Beefheartを意識した。その結果、狙い通りの非常にグロテスクな曲になった。“stomach hatred”というタイトルには“胃への憎悪と憎しみ”という意味のほかに、stomachを「耐える」という動詞として捉えて“憎悪と憎しみに耐える”という意味も持たせている。俺の、自分の胃に対する嫌悪感と、「胃だけでなく、いっそのこと全身サイボーグになって、代謝を全てコントロールしてしまいたい。」という願望を曲にした。俺は食べることも排泄することも嫌いだ。両方やらなくてもいいのなら、できればやりたくない。「食べることだけは万人にとって共通の楽しみだ。」なんて、肉体的にも精神的にも健康で標準的な人間たちの言い分であって、その価値観を押し付けられている人間の気持ちなど、彼らは考えようともしない。

6.『?Λ13』
≪ギターで作曲?≫あらかじめ決めていたのは前半のみで、後半は縦横無尽に、支離滅裂に弾きまくるギターにベースとドラムを合わせる、という方法を採った。これも、これまでに無い新たな試みとなり、面白い効果が生まれた。つまり、あたかもギターとベースとドラムの3人でフリーセッションを行っているかのような、いびつなアンサンブルが出来上がったのだ。タイトルには意味があるが、意味は無い。どんな意味かわかった人は、無意味にスゴイ。

7.『人柱』
≪ギターで作曲≫この曲を思いついたのは『地獄少女』というアニメを見ている時だった。まずはイントロのフレーズが浮かんできて、その後は芋づる式にアイデアが次々出てきて曲になった。タイトルの“人柱”とはそのままの意味で、生贄のことであるが、サクリファイスというよりはスケープゴートという意味合いをこのタイトルには込めた。『海の見える丘一丁目へ』と同じく、ある明確なイメージに基づいて作った珍しい曲である。「人間は規模の大小に関わらず魔女狩りと同じようなことをし続け、己の居場所を多数派の中に見出し、安心しようと欲する生き物だ。」ということを言っている曲だ。

8.『受動的誕生』
≪ベースで作曲≫俺の最も好きなベーシストの一人、fOULの平松学さんのプレイを意識して作った曲である。もちろん、あんなにかっこよくは弾けないが、割とうまくいったと自分では思っている。この「〜を意識して」というのは別に誰かのスタイルを模倣しようという試みではなく、あくまでその人のかっこいい部分を自分の中に取り入れようというスタンスである。タイトルは「望まれて生まれてくる人間はいるが、望んで生まれてきた人間は一人もいない。」という俺の思想から付けたものだ。所詮、我々は受動的に、無理矢理に生を与えられ、その生をどう生きるかという選択をせまられるだけの存在に過ぎない、ということだ。

9.『自決』
≪ギターで作曲≫オープンチューニング(オープンEマイナーだったかな?)にしたギターを手に、頭カラッポの状態で録音し始めた“思いつきの塊”の曲。これは、このチューニングの響きからイメージを膨らませて作った曲なので、同じチューニングでもう一曲作れと言われても、おそらく無理だろう。タイトルの“自決”とは文字通り自殺、自害、スウィサイドのことであるが、“自分で決める”という意味も持たせてある。「生まれてくるかこないかを決められない我々が唯一決断を許された人生において最大の行為とは“自決”である。」という俺の思想からタイトルに持ってきた。「自分で決めるから“自決”なんだ!」と気付いた時は目から鱗が落ちる思いだった。ちなみに、この“自決”という二文字は俺の大好きな北野武監督作品『HANA-BI』の中にも非常に印象的に、象徴的に登場している。北野監督が俺と同じ考えを持っているかどうかはわからない。

10.『炬燵』
≪ベースで作曲≫次々と違うフレーズが登場する、メドレーのような曲。しかし、メドレーではない。タイトルは“コタツ”と読む。コタツに対する想いは人それぞれだろう。冷え性の俺はあったかいコタツが大好きだが、幼少の頃はよくコタツの中で泣いていた記憶があるので、コタツに関してはいい思い出ばかりではない。Ambivalence toward KOTATSU

11.『SMILES AND TEARS』(ボーナス・トラック)
鈴木慶一さん作曲≫俺の一番好きなRPGMOTHER2』の中で一番好きな曲のカヴァーである。カヴァーといっても、ほとんどコピーに近い。何故なら、原曲が素晴らし過ぎて、これに手を加えるなど、恐れ多いからだ。とはいえ、ドラムはかなり原曲とは違う叩き方をしているし、本来ベースが無い部分に新たにベースを加えたりもしている。この曲の楽譜があるわけではく、ベースもピアノもストリングスもトランペットも何もかも耳コピしなければならないので大変だったが、自分の大好きな曲なので、むしろ楽しかった。この曲はベースが特に大好きなので自分で付け足した部分以外はオリジナルと全く同じに弾くようにした。インストのこの曲には最後に一言だけ「I miss you.」という言葉が入っている。その言葉もなるべくオリジナルに近くなるように、マイクにビッグ・マフとディレイをかけて、何回も録音し直した。20回くらいはやり直したと思う。こんなに録音でやり直しをしたのは初めてだった。

―アルバム全体について―
 「1stから3rdまでは半年おきくらいのペースで出していたのに、今作は前作から1年以上のブランクが開いてしまった。それではまるでネタ切れしたみたいでかっこ悪い。よーし、二枚組を作れば文句無いだろう。」と思ったか思わなかったかは定かではないが、曲を作り、録音していくうちにいつのまにかCD一枚には収まらないほど曲ができていたのだった。ボツにした曲は一曲だけあったものの、それ以外は全部収録した。その結果、全曲で合計約120分という、“長さだけなら大作と呼べる”作品となった。こんなに長いアルバムを一つの作品として一気に聴いてくれる人間が何人いるだろうか、と今になって思い始めたが、もともとこの創作活動自体が半ば独りよがりの自己満足のマスターベーションに過ぎないということもまた事実なので、致し方無いと思う。

 作曲方法や録音方法においては新たな試みが幾つかできたので良かったが、ミックス、音作りに関してはあまり進歩が見られず、やり残した感を否めないというのが本心である。さらに、今回はアコースティック・ギターを使った曲を作れなかったのも心残りだ。次回作では森田童子も真っ青のアコギの曲を絶対作りたい。

 果たして、OOPARTSの次回作はあるのか、それとも別のバンドで作るのか、はたまた全く違う形態で作るのか、そもそも音楽なのか、それは全くもってわからないが、この命在る限り、“表現する”ことをやめるつもりは毛頭無い。