クラリスと小山田真希とナウシカ

 押井守監督実写映画最新作『真・女立喰師列伝』を観た。この映画は5人の監督と6人の女優により生まれた6本の短編により構成されるオムニバス映画である。“女優をいかに魅力的に撮るか”という課題と“立喰師の映画である”という原則だけが押井さんから与えられ、それぞれの監督が自由に自分の好きな分野、得意な分野の映画を撮ったのだという。その結果、6本がそれぞれ全く違ったジャンルの作品となった。テレビCMなどでは「極上のエンターテインメント」という触れ込みで宣伝されているが、まんざら嘘ではない。

・『金魚姫 鼈甲飴の有理』監督:押井守、主演:ひし美ゆり子

・『荒野の弐挺拳銃 バーボンのミキ』監督:辻本貴則、主演:水野美紀

・『Dandelion 学食のマブ』監督・助演:神山健治、主演:安藤麻吹

・『草間のささやき 氷苺の玖実』監督:湯浅弘章、主演:藤田陽子

・『歌謡の天使 クレープのマミ』監督:神谷誠、主演:小倉優子

・『ASSAULT GIRL ケンタッキーの日菜子』監督:押井守、主演:佐伯日菜子

 俺が一番面白いと思ったのは、ゆうこりん主演の『歌謡の天使 クレープのマミ』だ。テレビというメディアとその花形的存在・アイドルの裏に実は政治的な策謀がうごめいている、というストーリーが展開される。これは監督の神谷さんが抱いていた妄想であり、俺もこういう妄想・疑惑を抱いているので、非常に共感できた。難解な政治用語がギッシリ詰まった約17分にも及ぶ長台詞を演じきったゆうこりんに拍手。そして、アイドル・マニアであるという神谷監督の徹底した80年代アイドル的雰囲気の演出に脱帽。

 『金魚姫 鼈甲飴の有理』でちょっと笑ってしまったのは、スタジオジブリが撮影に使用されていて、カメラが入り口からスタジオに入っていき、中で金属バットを持って待ち受けている鈴木敏夫スタジオジブリ代表取締役/プロデューサーの所に辿り着くまでの間にジブリの某キャラクターが映ったり、額に入った宮崎駿最新作『崖の上のポニョ』のイメージ・イラストが映ったりしていたところだ(これは“人間になりたいと願う金魚の姫ポニョ”と、この短編のタイトルの“金魚姫”を意識した遊びだろう)。鈴木さんはこの『金魚姫』に“鈴木敏夫”役として出演しているほかにナレーションも務めている。また、『真・女立喰師列伝』の迫力のある題字も鈴木さんの筆によるものだ。
 
 『荒野の弐挺拳銃 バーボンのミキ』は、ガン・アクションを得意とする辻本貴則監督による徹底したリアルな銃の描写と、スタントマン無しの激しいガン・アクションを披露する水野美紀さんがひたすらかっこいい作品だ。『Dandelion 学食のマブ』は、アニメ監督である神山さんの実写初監督作品であり、自身も“神山店長”役で出演し、主演は声優/女優の安藤麻吹さん(彼女は神山監督の『精霊の守り人』の主人公バルサを演じている)で、この二人の切ないラブ・ストーリーが展開される作品。『草間のささやき 氷苺の玖実』は、1978年生まれの若き期待の星、湯浅弘章さんの美しい映像の中で藤田陽子さんが妖艶に舞うミステリアスで幻想的でエロティックな作品。『ASSAULT GIRL ケンタッキーの日菜子』は、やたら豪華なCGの迫力と、戦闘スーツを身にまとった佐伯日菜子さんの存在感と、ケンタッキー・フライドチキンの協力によって生まれた作品だ。

 特典ディスクに収められている超ロング・メイキング映像が映画本編と同じくらいかそれ以上に面白かった。アニメのメイキングも好きだが、実写のメイキングも非常に興味深いものがある。映画の撮影というものの苦労と醍醐味が垣間見える、内容の濃い映像となっており、それぞれの監督と主演女優のインタビューも収録されている。このメイキング映像だけでも一見の価値がある。

 “女優”や“立喰”に興味がある方は是非、『真・女立喰師列伝 コレクターズBOX(初回限定生産)』のDVDを手に取ってみて下さい。自分の好きな女優や監督が一人でも含まれていたら絶対おススメです。


 神山健治監督作品『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX Solid State Society』を鑑賞した。『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』シリーズの最新作となる約105分の長編作品。観る度に面白くなっていく、観る度に発見がある、観る度に新しい解釈ができる、それが良い作品の条件。もちろん、この作品もその条件を満たしている。

 この作品では攻殻機動隊シリーズ共通のテーマであるネットワーク化された社会の歪みという問題だけではなく、高齢化社会、介護、孤独死少子化児童虐待といった現代の我々がまさに今直面している問題を巧みに取り入れたストーリーが展開されている。

 3億6000万円という巨額の制作費を投じて製作されたこの作品は奥深いシナリオ・脚本の秀逸さと世界最高レベルの映像によって形作られている。こういう作品を作れる環境があり、正当な評価を受けることができるというのは、非常に喜ぶべきことである。

 アニメというジャンルにおいては、実写の世界とは比べ物にならないほどの幅広い表現が許容され、且つ十分な需要も確保されている。“萌え”を追求する流れを別にすれば、アニメは実にバリエーションに富んだ作品が生まれ得る世界だ。だからこそ俺はアニメーションという媒体の持つポテンシャルに大きな期待を抱いている。非常に偏見に満ちた言い方をするなら、人気俳優起用の運命を背負ったテレビドラマには希望は持てないし、実写映画の世界も純愛モノとハリウッドの独壇場となりがちでは未来は暗い。俺は決して“アニメというジャンル”に固執しているわけではなく、時代を超え、表現の幅を広げ続けるアニメという媒体の可能性に大きな魅力を感じているのだ。


 庵野秀明監督作品『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』を鑑賞。去年劇場で観て以来2回目の鑑賞となる。

 感想は去年書いたので、豆知識的なことを書くことにする。

 ヤシマ作戦パートの新作画コンテを担当した樋口真嗣さんはインタビューの中で、「神山さんの『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX Solid State Society』を観て画コンテの参考にした。」と語っており、確かに、明らかに神山さんのカメラワークを意識したカットが見受けられた(樋口さんが名前の由来となった碇シンジの瞳から陽電子砲の先端へカメラが一気に引いていくシーンなど)。ちなみに、樋口さんは押井さんと親交が深く、押井さんに「シンちゃん」と呼ばれている。また、押井さんの『立喰師列伝』に“牛丼の牛五郎”役で出演したり、『真・女立喰師列伝』の特典DVDで押井さんと対談した際に『真・女立喰師列伝』の監督のオファーが来なかったことを嘆いていたりする。

 アメリカにあるスカイウォーカー・サウンド(ジョージ・ルーカスが設立したスタジオ、スカイウォーカー・ランチ内にある音響製作スタジオ)で最新作『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』の音響製作作業を行っている押井さんのもとに、音響製作のノウハウを吸収するため、庵野さんと神山さんが訪れたという。かつて神山さんも参加した“押井塾”を開催したこともある押井さんは最近特に後進の育成・教育を意識しているのだという。ちなみにスタジオジブリの後継者不足は押井さんも庵野さんも指摘しており、鈴木さん自身も認めている事実である。


 『金曜ロードショー』で放送された宮崎駿初監督映画『ルパン三世 カリオストロの城』を地上デジタルで鑑賞。この作品を観るのは随分久しぶりだ。

 感想というか、豆知識的なことを書こう。

 観た人はわかると思うが、押井さんの『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』の中の「ブルータス、おみゃーもか。」のシーンは『カリオストロの城』のゴート札の説明シーンを取り入れたものである。

 原作やテレビシリーズのルパンとかけ離れた善人のルパンが主人公であるこの作品だが、宮崎駿が照樹務名義で脚本・演出を担当した『ルパン三世』TV第2シリーズの第145話『死の翼アルバトロス』と最終話『さらば愛しきルパンよ』にも『カリオストロの城』と同一人物と思われる善人ルパンが登場する(いずれも傑作なので是非御覧あれ)。『カリオストロの城』で印象的に登場している車フィアット500は『さらば愛しきルパンよ』のラストで登場している。『カリオストロの城』でルパンは銭形警部のことを「昭和一桁は働き者」と称しているが、『死の翼アルバトロス』でも「昭和一桁は科学に弱い」と銭形警部に言っている。

 『カリオストロの城』は『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』と並び、“原作から逸脱した、映画ならではの劇場版”の代表的作品であり、その流れの先駆け的作品であることは間違いない。ちなみに、この流れに含まれるであろう『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』には『カリオストロの城』のカーチェイスのオマージュが含まれている。

 押井さんが“宮さんのお気に入り”と称した島本須美さんは『カリオストロの城』のクラリス、『風の谷のナウシカ』のナウシカ、『さらば愛しきルパンよ』の小山田真希という3人のヒロインの声を演じており、この三人のヒロインはビジュアルもよく似ている。ちなみに、その後の宮崎作品にも島本さんは出演している(『となりのトトロ』と『もののけ姫』)。


 ここで『さらば愛しきルパンよ』の紹介。この作品は『ルパン三世』TV第2シリーズの最終話であり、宮崎駿が照樹務名義で脚本・演出を担当した作品であり、テレビシリーズのイメージからは完全に逸脱し、宮崎ワールドが炸裂している。当然、映像のクオリティもほかの話数とは比べ物にならないほど高い。そして特筆すべきは、『カリオストロの城』から引き継がれた要素=善人ルパンが薄幸の少女を悪者から救い出すという構図、TVスタッフに変装した不二子が悪者の悪事をカメラに収めるという構図、最後にルパンが去った後に取り残されるヒロインと銭形警部が会話するという構図、愛車フィアット500、『風の谷のナウシカ』に引き継がれる要素=ナウシカに声と容姿が引き継がれることになるヒロイン・小山田真希、『天空の城ラピュタ』に引き継がれる要素=ラピュタのロボット兵にほぼそのままデザインが流用されることになるラムダという名のロボット兵器、などが登場しているという点だ。そして、軍事オタクぶりが発揮される戦車のシーン、さらに反戦というメッセージまで含まれているこの話は約20分間に宮崎ワールドのエッセンスが凝縮された作品だといえるだろう。ちなみに、宮崎ワールドにとって欠かせない要素である飛行機と空中戦というエッセンスは第145話『死の翼アルバトロス』の方に凝縮されている。


・・・長い日記になったが、要するに俺の言いたいことは、『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX Solid State Society』は素晴らしいので観なければ損だということだ。