あるジャーマンにパンツァーファウストを
原作・脚本/押井守、監督/沖浦啓之、演出/神山健治、の映画『人狼 JIN-ROH』を観た。初めてこの映画を観た時は2日連続で観てしまったほど、この映画には衝撃を受けた。そして今日で3回目だ。
この作品の限定BOXセットに付属している特典ディスクには押井さんや沖浦さんのインタビューが収められている。それによると、押井さんに監督として指名された沖浦さんが“男と女の物語にしたい”という条件付でこの仕事を受けたらしい。そして、押井さんは童話“赤ずきん”のモチーフを取り入れたストーリーを書き上げたのだった。
“(20世紀)最後のハイクオリティ・セル・アニメ”と評される映像美は言うまでも無いが、言っておきたい。舞台となる昭和30年代の日本の風景を丹念に描きこんだ背景は、その時代を直接知らない我々にも圧倒的な説得力を持って語りかけてくる。CGを極力排した手描きの重厚さが“可能性の戦後史”としてのこの映画のリアルさをより強靭なものにしている。
インタビューの中で押井さんは「『何故実写でなくてアニメで作るのか?』とよく訊かれるけど、アニメでしかできないから、アニメでやるべき物語だから、アニメという手段を使っているんだよ。」という趣旨の発言をしていたし、沖浦さんも「日本にはアニメをナメているやつが多い。海外のファンの方が作品を正当に評価してくれる。」という趣旨のことを言っていたように、日本人にはアニメを「楽しければいいじゃん。」という認識でしか観ず、「宮崎アニメ以外はお子様向けかオタク向けのアニメしかない。」と思い込んでいるやつらが多いと思う。
“アニメだからこそできること”は数多くあるが、そのなかで最もこの映画において顕著だったものを例として挙げておく。それは“死んだ人間”つまり死体だ。この作品には迫力満点の銃撃戦(派手なアクション映画のような大袈裟なものではない)が登場する。その中で、それまでは生きていた人間が銃弾を浴び、その目や体から完全に力が抜け、“人間”から“死体”になり、重力に従って地面に倒れていく様はこれまでどんな実写映画でも見たことのない生々しいものだった。特に、魂が抜け、焦点の全く定まらなくなった“死んだ目”は、生きている人間が演じることは絶対に不可能だろう。アニメにおいてはアニメーターが役者だといわれる。そのアニメーターの中でも優秀な人材を集めて作られたこの作品の登場人物の動きはもはや“人間よりも人間らしい”と言っても過言ではないだろう。
ストーリーの中心にいわゆる悲恋物語が置かれていることで、押井さんのテイストが苦手という人も、この映画ならもしかしたら物語に入り込めるかもしれない。が、もちろん押井さんが書いたシナリオは単なる男と女の物語という言葉で片付けられるような代物ではない。
数々の謎が潜んだまま物語が進んでいき、終盤でようやく様々な疑問が解決するというつくりになっているので(それでも全ての謎が解けることはないが)、一度観終わって、もう一度始めから観直すことで、1回目とは全く違った見方ができる。そして2回目以降の方がより登場人物の心が見えてくるはずだ。3回目の鑑賞を終えてそのことがよくわかった。
己の信念の為に戦う者
自分の居場所を必死に守ろうとする男
戦いに疲れ果てた女
人と獣の狭間でもがく男
誰かに憶えていて欲しいと願う女
お互いに惹かれ合うも決して相容れることのない男女
狼と赤ずきんの出会いの先に
人と関わりを持った獣の物語に結末を・・・
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