アキレスは亀に追いつくのか

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映画館へ行き、北野武監督最新作『アキレスと亀』を鑑賞した。

感情表現を極力控え、静かに、冷淡に物語が進む、という北野映画のイメージからはかけ離れた作品になっている。特に顕著なのが音楽の使い方で、泣ける場面には泣ける音楽が思いっきり鳴っている。あまりにストレートな演出なので、何回も涙ぐんでしまった。ヤラレタ。

泣くばかりではない。笑えるシーンもたくさんある。俺以外のお客さんは中年男性ばかりだったが、彼らの多くが声を出して笑うということが何回もあった。俺も笑いが止まらなかった。「“笑い”って悪魔的でさ、何かを一生懸命真面目にやっている人ほど滑稽に見えちゃうことがあるんだよね。」という北野監督の言葉通り、新しい芸術を生み出そうと試行錯誤する主人公の必死な姿は大いに笑いを誘った。

物語については詳述は避けるが、『HANA-BI』のそれをはるかに凌ぐ膨大な数の挿入画はとてつもない存在感を持って映画の中に登場するということは強調しておきたい。もちろんこれらは全て北野画伯自らの筆によるものだ。数え切れないほどの北野画伯の絵画を鑑賞できるというだけでも、この映画は観る価値があると思う。

これまでの北野映画を例に出してこの映画を表現するなら、「『あの夏、いちばん静かな海。』と『HANA-BI』と『監督・ばんざい!』をミックスして、それを『座頭市』並みにわかりやすくまとめ上げた映画。」だろうか。そんな例えは無意味だが。

これからこの映画を観る人に、「この映画はどんなテーマを扱ってるの?」という野暮な質問をされたら、野暮は承知で俺はこう答えるだろう、「芸術とは何か。良き理解者とは何か。愛とは何か。何のために生きるのか。死とは何か。」と・・・。愛・生・死は北野映画のほとんどに共通するテーマだが、それに加えて今作では特に“芸術”に対して真正面から向き合っているという印象を強く受けた。自己批判、自虐、懐疑、諦念、不安、負い目などが随所から滲み出ていて、ある意味痛々しくもあった。

「アフリカで飢えてる子供の前にピカソの絵とおにぎりを並べたら、おにぎりを取るに決まってるだろう。」

「天才なんて、それを認めてくれる人がいなかったら、天才とは呼ばれない。」

「狂ってる!人間じゃない!」

「あいつら、芸術わかんねぇんだよ。」

ひとりの人間、ひとりの表現者としての“北野武”の苦悩と絶望と希望がギッシリ詰まった映画だ。

そして、男女の恋の物語であり、家族の物語であり、夫婦の物語でもある。


この映画を見て希望を抱くも良し、疑問を抱くも良し、ただ泣くも良し、ただ笑うも良し。いい映画とは、観る人の心の数だけ答えがあるものだ。