left-handed catcher in the rye

 カート・コバーンの生前の未公開インタヴューをもとに制作されたドキュメンタリー映画KURT COBAIN ABOUT A SON』を観た。

 カートにゆかりのある風景とカートの愛した様々なアーティストの楽曲をバックに、カートの肉声によって語られる真実。

 幸せな幼少期、孤独な少年期、音楽の喜び、肉体の苦痛、鎮痛剤としてのヘロイン、精神の苦悩、マスコミへの怒り、家族への愛・・・。彼が自殺する1年前に行われたインタビュー。時には冗談を交えつつも、痛々しい心境を吐露する一人の青年がそこにいた。

 捏造と残酷な好奇心に満ちたマスコミ、自分の家族をも食い物にし、不幸へ陥れようとするマスコミを憎むカートはこう言う、「人間として尊重してほしい。」と。愛情に恵まれなかった少年期を過ごし、それでもやっと手に入れた家庭を破壊しようとするマスコミへの思いを「殺してやる。」と語るカート。それはただ幸せを希う一人の人間の姿だった。

 彼が普通の家庭に育ち、普通の愛情を注がれ、健康な体を持っていたなら、彼は死を選ぶことなく、自分の才能を生かし、大好きな芸術の世界に生きていけただろうに。音楽だけではなく、詩を書いたり、子供の頃から得意だった絵を描いたり・・・。


 才能に恵まれ、繊細で豊かな感受性を持ち、真理を見極める能力を持ち、人とは違った世界の見方ができる人間には二種類いる。仕事や芸術で自己表現をし、苦しみを昇華して成功へと繋げられる人間と、苦しみや悲しみが昇華などの防衛機制の許容範囲を超えてしまい精神や肉体が限界に達し、場合によっては死を選んでしまう人間とだ。

 感受性が鋭く繊細な人は色々なことでバランスを保っている。ビートたけし太田光松本人志(敬称略)などのお笑いの人たちを見ているとそう思えて仕方が無い。彼らの話を聞いていると、彼らがいかに世界の隠れた部分、常人の見過ごしてしまうような部分までよく見えているかがわかる。それは優れた能力であると同時に、世の中の毒素を吸収してしまいやすい体質であるともいえる。そしてその優れた感性そのものによってその毒素を笑いに変えて自分を守る、というバランスのとり方を彼らはしているように思う。そのバランスが保てなくなった時に彼らを襲うのは果てしない絶望か、諦念の境地か。特に芸術家と呼ばれる人々と自殺がしばしばセットになって語られるのはここに原因があるのではないだろうか。

 ねこぢる山田花子の漫画を読めば、鋭い感受性こそが世界の闇を映し出し、素晴らしい作品を生み出す道具になるということは容易に理解できる。しかし、今となっては彼女たちがその名を語られる時、自殺という死因と共にしか語られざるを得ないという現実が悲しい。その自殺の原因は精神ではなく肉体の、つまり健康の問題であったかもしれない。とはいえ、肉体と精神は不可分だと考えるならば、それは大した問題ではないのかもしれない。芥川龍之介に言わせてみれば、自殺の動機など「ただぼんやりした不安」それだけで十分なのかもしれないが。

 ・・・と、このように既に死んだ人間の人生さえも興味の対象にし、それをほじくり返し、不躾で勝手な分析を加え、人の目に曝すことで自己満足を得ようなどという考えはきっとカート・コバーンの憎んだマスコミのやっていることと同じなのだろう。しかし、そんな陳腐な文章にさえも結論は与えられて然るべきではないかと。

 やはり中庸なのだ。世界があまりに見えていないことも、あまりに見えすぎることも、己を守る術を持たぬ者にとっては命取りなのだ。

 世の中の綺麗な面がよく見える人はきっと汚い面もよく見えるはずだ。世の中に不満があったとしても、普通に暮らしを送り、長生きすることが幸せだと思うのなら、“耳と眼を閉じ口を噤んで孤独に暮らす”のが一番だろう。

 だけど僕は、そんなのは、ごめんだ。この眼で見、この耳で聞き、この心で感じたことを胸の中にしまっておくなんて、できやしない。発信し続けなければ。この言葉が砕け散り、虚空に消え去り、誰の心に届かなくても。


 あれ?何が言いたかったんだろう?誰に向かって話しているんだろう?どんな反応を期待しているんだろう?それとも、単なる独り言に過ぎないのだろうか?そうだとして、それが無意味などであり得るだろうか?無意味とは何か?意味とは何か?生まれたくて生まれてきたわけでもないのに、生きたくて生きているのか?本当に生きているの?我思う、故に我の存在はますます希薄になっていく?

 言葉で表し、定義し、括って、省いて、結局、何も伝えられないんじゃないか。

 その上、伝聞、推量、脚色、誇張、劣化を繰り返す情報(言葉)の信憑性は?

 そもそも事実無根、捏造の産物だったのでは?創作の産物だったのでは?

 おお、神よ、あなたはおろか、自分さえも信じられませぬ。