Jun M. meets M. Oshii


 『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』の試写会に行ってきた。センターやや後方のなかなか良い席をゲットし、開演を待つ。そして開演時間になり、司会のアナウンサーが登場し、「この試写会のスポンサーの“ふくや”から、抽選で5名様に辛子明太子をプレゼントします。」などと進行を始めた。続けて「実は皆様に素敵なプレゼントがあります!」とアナウンサー。「どーせ明太子の試食か何かでしょ。」と俺(心の中で)。「サプライズゲストにお越しいただいています!」とアナ。「どーせ“ふくや”の社長かなんかでしょ。」と俺。「押井守監督と加瀬亮さんです!」とアナ。ア、な・・・?ええええ!?

 心臓が、心臓が、ドドドドドと激しくビートを刻む。こんなにドキドキしたのは向井秀徳アコースティック&エレクトリックのライヴで観客みんなでステージに上がって向井さんと一緒に『IGGY POP FAN CLUB』を大合唱した時以来だ(と言っても誰にも伝わらないだろうが)。試写会に押井さんたちが来るという情報はどこにも無かったので、「福岡なんて暑くて遠いトコ、忙しい押井さんは来ないよな。」と諦めていた俺は驚きと嬉しさでニヤニヤするばかりだった。

 登場する押井さんと加瀬さん。アナウンサーが二人にインタビューをしていく。相変わらず押井さんは話が上手だ。そして内容が濃い。論文のように構造がしっかりしていて、無駄も無いので、話した内容をそのまま活字にしても、ちゃんと文章として読めるものになる。そういう話し方ができる人はなかなかいない。加瀬さんは加瀬さんで、いかにも真面目そうな話し方で、“好青年”とう言葉がピッタリに思えた。

押井さんが話した内容を以下にまとめる。

 「僕は主人公のユーイチを演じる加瀬君に初めて会った時、“ユーイチとは大分違う印象の人だな”と思った。だけど、加瀬君と話をしているうちに段々とユーイチのイメージが変化していって、結果、ユーイチは最初に僕が考えていたのとは違ったキャラクターになった。僕は映画を作る時、最初から自分が持っていたイメージ通りの映画に仕上がることが必ずしも良いことだとは思っていない。映画を作る過程で、キャストやスタッフなどの多くの人間に出会い、話をすることで、自分の持っていたイメージが変化していくことが映画作りの醍醐味なんだ。それはイメージが劣化するということではなく、新しいものに生まれかわっていくということなんだ。」 

 「“僕は若い人たちに伝えたいことがある”という宣言からこの映画を作り始めたわけだけど、そのせいでそこらじゅうで“監督が伝えたいこととは何なんですか?”という質問を何回も受けることになって困ってしまった。労を惜しむわけでも、言うべき言葉が無いわけでもないけど、60年近く生きてきた僕の言葉に果たして若い人が共感を持てるんだろうか。伝えたいことというのはこの映画、この物語を通してしか伝えられない。だから、この映画を観て、自分の言葉でこの映画を語って欲しい。」

 映画本編については俺はここでは多くを語るつもりは無い。だが、これからこの映画を観に行く人に忠告しておこう。エンドロールが流れ出しても席を立たず、最後までこの映画を観て欲しい。何故なら、エンドロール終了後にとても重要なシーンが残っているからだ。それにもかかわらず、今日はエンドロールが流れ始めた途端に席を立つ人が結構いたのが残念でもあり、腹立たしくもあった。

 俺は事前に押井さんの「最後の最後に重要なシーンがあるので最後まで席を立たないで欲しい。それに、僕は、エンドロールが流れ終わり、劇場が明るくなって、そして映画の世界から現実へ戻るところまでが“映画を観る”という体験だと思っているから。」という言葉をDVDのインタビューで聞いていたのだが、だから最後まで観ていたというわけではない。俺はいつでも最後の最後まで席を立つことはしない。俺は“エンドロールが流れ始めた時点でなるべく早く席を立って時間を節約しよう”という根性が気に入らないのだ。それくらいなら観に来ないのが一番の時間の節約じゃないか!こんなのはライヴでアンコールを待たずに帰るのと同じだ。そして、開演までの暇潰しにニンテンドーDSで遊び続けるガキとそれを連れて来た親と同じだ(実際にいた)。

 何はともあれ、素晴らしい映画だった。押井さんのほかのどの作品とも違う映画だった。空中戦の迫力は凄まじく、今までに誰も見たことのない映像になっている。実は俺は他のどのシーンでもなく、この激しい空中戦のシーンで泣きそうになった、というか胸を締め付けられるような感覚を覚えた。空の上の激しさとは対照的に穏やかでゆったりとした時間が流れる地上では、バセット犬がとてもカワイイ仕草で心を癒してくれる。そして押井さんが今回特に力を入れた登場人物たちの何気ない仕草、無意識の自然な動きが存分に表現されていた。特にヒロインの草薙水素の心情の変化に対応した声や仕草の変化、時折見せる色っぽい仕草、髪の動き、そして表情はこの映画の見所の一つだろう。

 この映画を紹介するにあたり“仕草”という言葉をたくさん使ってきたが、それだけ細かい演技が重要になっている映画なのだ。2時間のアニメ映画としては異例の少なさとなっているカット数の中で“流れる時間”を演出するために用意された“非言語的感情表現”がこの映画の鍵を握っているのは間違いないだろう。言葉だけに頼りすぎている現代の映画では絶対に伝えられないものがここにはある。


 押井監督はこう言っている。「自分の思い通りのことが観客に伝わる必要は無い。伝わるべきものがあるとすれば、それは“映画に対する真摯さや情熱”だけだ。」

 そういえば、今 敏監督もこう言っている。「“この文章を読んで、作者が何を言いたいのか100字にまとめなさい”などといった国語教育的な考え方が映画作りの世界にも未だに残っているが、映画とは、非言語的な映像のつながりで非言語的なものを伝えるものだ。」

 爆笑問題の太田さんもこう言っている。「あらゆる言葉を尽くしても、自分の意図が100%相手に伝わるということは無い。だけど、相手に何かを伝えたいという気持ちや姿勢は伝わる。それが大事なんだ。」

 北野武監督もこう言っている。「よく“この映画ではあなたは何が言いたいんですか?”って訊く人いるけど、口で言えるぐらいなら映画撮らないだろって。」

 俺が“尊敬する人”として挙げている人たちの言葉を聞いていると、言葉は違っても内容が同じようなことを言っていることに気付くことがよくある。それは映画にも、音楽にも、お笑いにも、そして人生にも、あらゆる事柄に応用できる一種の“真理”に近いもののように思える。ちなみに、この日記に登場する“偉人”たちの発言は私の記憶から引っぱってきたものなので、一語一句が本人の発言と一致するとは限りません。ご了承あれ。


 『スカイ・クロラ』は8月2日公開です。皆さん、ぜひ劇場へ足を運んでくださいね。くれぐれも、全く興味が無さそうな友達を無理矢理連れて行ったり、横にいたら気になって映画に集中できないほど大好きな異性(または同性)と一緒に観に行くのはやめましょう。

 ただ一つ不安なのが、俺のことを「くだらない人間だな。」と思っている人がこの日記を読んで、「こんなヤツが勧める映画なんかつまらないに決まってる。」と思ってしまうことだ。

予告映像にも使われていないシーンが満載の主題歌PV
絢香『今夜も星に抱かれて・・・』

http://jp.youtube.com/watch?v=QSX_u2U44c0
スカイ・クロラ』予告映像はこちら
http://sky.crawlers.jp/index.html